|
げんきですか?
僕は今、とても山奥にある鉄道で運転手をしています。
とても田舎なので、電化もされてないし、単線です。
ほとんど乗る人もいません。
というか、この40年まったく乗客がいないのです。
毎朝、僕は操車場に行って、車掌と一緒に車庫から列車を出します。
重い木の扉にかかっている錠前を外して、扉を開き、列車をすぐ近くの山の
ふもとの始発駅まで移動させるのです。
そして、8時ちょうどに始発駅を発車して、山を越え、13時ちょうどに山向こう
の駅に到着します。
そして、車掌と僕はそこで持ってきた弁当を食べたりして休み、14時ちょうど
に折り返し運転で山を越えて、19時ちょうどに始発駅に戻ってきます。
そして、重い木の扉を開けて、列車を車庫にしまいます。
「きょうはおつかれさま。」
「またあした。」
毎日、そういって、車掌と僕は別れて家に帰り、寝るのです。
ある日、僕はお昼ご飯を食べながら、車掌にふと尋ねてみました。
「いつまで、この列車を走らせるのかな。これまで誰も乗ってこなかったのに。」
「この列車が壊れて動かなくなるまでだよ。毎年、予算というものがついてくる
んだ。世の中にはそんなお金がいっぱいあるんだよ。」
僕は、最後は列車を車庫にちゃんとしまってあげたいと思いました。
登りの途中で、列車が壊れて立ち往生して、そのまま朽ちていくのは、
あんまりだと思ったからです。
僕たちも最後はきれいに仕事を終えたいと思いました。
それが鉄道にかかわる者のプライドだと思ったからです。
「それなら、ちゃんと1日の仕事を終えて、ちゃんと車庫にしまって、錠前を
かけて終わろうよ。これから先も誰も乗らないだろうし、今やめても誰も文句は
言わないはずだよ。だって、この列車は、ほとんど僕たちが動かすためだけに
存在しているんだから。これまで誰の役にも立たなかったけど、最後を選ぶ
権利くらいあるはずだ。」
「君の言うとおりだ。そうしよう。では、来週の金曜日が最後の運転の日だ。」
僕たちはそう決めました。
そして、木曜日の夜に僕たちは祝杯を上げました。
「ついに明日だね。」
「うん、明日だ。」
誰の役にも立てませんでしたが、ちゃんと毎日、規則正しく列車を運行させたと
いう満足感がありました。
そして、金曜日、僕たちはいつもどおり、列車を車庫から出し、始発駅まで移動
させ、定刻に列車を発車させました。
がたん、ごとん、がたん、ごとん。
いつもどおり、列車は走ります。
ホントに旧式の列車なので、登りは大変です。とてもゆっくりとしか登りません。
秋だというのに、途中で蝶々が窓から乗ってきました。
僕たちは、定刻に山向こうの駅に着き、いつもどおり昼食をとり、定刻に折り返し
運転で出発しました。
そして、定刻に始発駅に戻ってきました。
いつもどおり、車掌が駅の名前を呼んで、ドアを開けると、昼前に乗ってきた
蝶々が扉からひらひらひらと降りていきました。
「最初で最後の乗客だったね。」
「そうだね。」
そして、僕と車掌はいつもどおり、車庫に列車を入れ、重い木の扉を閉じて、
錠前をかけました。
「おつかれさま。これで最後だね。」
「おつかれさま。これで最後だ。」
「これでもう会うこともないね。これで良かったのかな。」
「もう会うこともないし、これで良かったんだよ。」
「さようなら。」
「うん。さようなら。」
そんなわけで、僕は今、一人で静かに暮らしています。

目次
Copyright (C) SEKI, Hirotaka, all rights
reserved.
|