人生と白血球について

 

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僕は宇宙好きの小学生だった。
とはいっても、星を見るのが好きなわけでもなく、宇宙飛行士志望というわけでもなかった。
星をただ見てても何かわかるわけでもないし、飛行機の延長線上の乗り物に乗るのに、なぜそんなに努力しなければならないのか当時からよく理解できなかった。

僕は、「宇宙の巨大さを想像するのが好き」だった。
どちらかといえば貧乏な家庭だったけど、小学校2年生の時に『タイム・ライフ・ライブラリー』シリーズの『宇宙』を親に頼み込んで買ってもらい、毎日「宇宙の巨大さ」について想像をめぐらせてい た。(とにかく写真が本当にきれいだった。)

僕は、今でも宇宙好きだ。

全宇宙スケールにおける僕一人の存在は、一人の人間における一個の白血球細胞の存在にすら満たないものだ。

雑菌をやっつけて死んでいった白血球を見て、僕は嘆き悲しんだりしないし、 かといって、一匹の雑菌もやっつけることなく一生を終えてしまった白血球に対して、「どうして、雑菌一匹やっつけることができなかったんだ」と叱責したりもし ない。僕は白血球に対して完全無欠に寛大で、同時に完全無欠に非情なのだ。

宇宙から見れば、僕らの存在はそう言うものだ。僕がまったく無意味な人生を送って死んでいったとしても、きっと宇宙は僕に寛大で気にもとめない だろう。そう思うと、非常に気が楽になるのだ。

そういうわけで、今でも宇宙が好きなのです。

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